『ジュゴンの見える丘』
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もうすぐ8月15日。
日本人にとって本当に特別な1日。
永遠に忘れてはならない大切な日。
オイラも戦争を知らない世代だ。
両親からもその体験談を聞いた事は無い。
しかし、日本人が起こした(起こさざるを得ない
状況に追い込まれたという見方もあるが)事は
忘れてはならない。
アジア諸国にかけた迷惑を。
それと残された人達を守ろうとしてくれた人達の事も
忘れてはならない。
日本の事を想いながら戦火に散ってしまった人達が
いたからこそ、今のオイラ達があるという事も
また事実だと思う。
こころから冥福を祈りたい。
そして15日はCoccoが毎日新聞で連載されていた
エッセーが単行本として発売される。
以下、Coccoより
単行本なんて
とんでもないと想っていました。
たかが月に1度の連載を
たった1年どうにかこなしてきただけの
そんな素人の拙い書き物です。
身の程を超えていると何度もお断りしましたが
皆様からのお手紙や励ましに背中を押されて
この度、想い事を1冊の本にまとめることができました。
未熟ながらも私なりの“愛と平和”をいっぱいに詰め込んで。
皆様に深い深い感謝を込めて。
そして8月15日によせて。
届きますように。
著者:Cocco
『想い事』のページです。
想い事。
販売元:毎日新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する
ぜひ、手にとって読んで欲しい。
オイラも発売が楽しみだ。
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哀しい哀しい映画だった。
この映画は第2次世界大戦でアメリカ軍が沖縄に上陸した際に
負傷した日本軍の看護を目的に戦場に動員され犠牲となった
ひめゆり学徒隊の生存者22名の実体験の証言をまとめた
ドキュメンタリーだ。
ナレーションもないと予め知っててどんな感じなのかって
思いながら観てきたけど、全く脚色されてなく生々しくも
哀しい映画だった。
おばぁの、あの当時を思い出しながら話す姿は
とても切なく、話す言葉は心に響いた。
縁あって長崎の原爆資料館、広島の平和記念資料館も
行った事があるのだが、ひめゆりの塔には行った事がない。
沖縄には深い縁があるのだが、那覇以南は何か恐いイメージが
あって行けていないのだ。
原爆が落とされた広島や長崎、大空襲があった東京等も
戦争によって凄惨な想いをされた方が多いと思う。
しかしながら、沖縄は民間人が住んでいる島で
唯一上陸戦があったところだ。
戦車、マシンガン、手榴弾、火炎放射器等を持った軍隊が
目の前に迫ってくる事を実感するすべはない。
相当恐いだろうと思うが、所詮想像の域を出ない。
しかし、おばぁの話しは切実にその恐怖を物語っていた。
本当に繰り返してはいけない。
この地球上から戦争を無くなさなければならない。
映画館ではその言葉に圧倒されて涙が出なかった。
その事実があまりにも悲惨なものだったから。
そして、今パンフレットを読むと・・・
おばぁありがとう。
「『忘れたい事』を話してくれてありがとう」
「『忘れちゃいけない事』を話してくれてありがとう」
Coccoが言った言葉だ。
そしてラジオではこうも言っていた。
この映画を恐いと思わないで、若い人も観て欲しいと。
ほんとにそう思う。戦争を風化させないために!
劇場公開が決定しているのは、大阪、東京、名古屋、広島。
公式HPです。
見てみて下さい。
観に行ける人は是非、観て来て欲しい。
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たくさんの人に知って欲しい事がある。
「沖縄の海はまだ美しく見えます。
ジュゴンなんか見たこともない人がつけた
『ジュゴンの見える丘』って言う丘から臨む海は・・・
まだとても美しく見えます。」
そう静かにCoccoは語り始めました。
そして沖縄の海は「まだ」美しく見えますと、言った。
その「まだ」という言葉に哀しみが見えた気がした。
「その海にアメリカ軍のヘリポート移設が決まって、
国はもう着工の為に海底調査機を入れて乗り出してます。
どんなに・・・どんなに声をあげても、拒絶しても
あきらめなきゃいけない事もあるんだって
どっかで覚悟しなきゃって思い始めてて・・・・。
それで、かと言って沖縄の人が全員、そのヘリポートの移設を
反対しているかって言ったら、そうじゃない事実もあって・・・
アメとムチの・・・・
ヘリポートがムチだったらアメというほどこしを受けている
大人の政治がある事も事実で・・・・。」
沖縄戦の影響で経済基盤が破壊された沖縄にとって
基地は大きな経済拠点になっていったのも事実なのだ。
基地関連の土木建設、下請けの運送、基地周辺の飲食業、
歓楽街、風俗業等で、雇用が確保されたからだ。
やがて、これらの業者に支えられた政治家が出始め、
日本政府と米政府との間で甘い汁を吸っている事を
Coccoは言っているのだと思う。
「そうじゃなくても、私たち人間が、ぶち壊してきた尊いものが
いっぱいそこにはあって、
それを無くしてから、失ってから悔いて泣くしかないのかなぁ
って思う毎日でした。
でも、先月、その海にジュゴンが帰ってきました。
ちょうど、そのヘリポート移設の・・・
ちょうど国が設置した海底調査機の・・・真上の・・・
バカみたいに綺麗な海の上にジュゴンが2頭泳いでいる姿が
映像に収められて、
そのニュースは沖縄中に駆け巡りました。」
涙ながらに、声を詰まらせながら話すCoccoは
とても、とても強く感じた。
「そのジュゴンのニュースが内地で
どれだけ流れたかは知らないけど・・・
とっても美しいジュゴンでした。
こんなよ、公共の場所で、しかも人さまのイベントで、
こんなたくさんの人がいるところで・・・・・
でも、今日は我侭に歌わせて欲しいと思います
次の曲をあのジュゴンのためだけに歌いたいです。」
そう言って静かに、力強く歌い始めました。
↑
「ジュゴンの見える丘」とてもいい歌です。
聞いてみてください。
他の曲もあります。
「MSN ビデオ」でCoccoをキーワードに検索してみてください。
人の言葉で、言葉の力だけで久しぶりに涙があふれた。
あのジュゴンのためだけに歌いたいといいきった、
彼女の想いの強さに魂を揺さぶられた気分だった。
実際に沖縄で問題になっている基地に関する話は、Coccoが
言われた「内地」、日本ではほとんど話題になっていない。
どういう事になっているか知らない人がほとんどなのでは?
沖縄と言えば、南国の楽園、その程度の認識しかないだろう。
この「内地」という言葉に違和感を感じた人もいたと思う。
戦時中から沖縄の人が本土を指して使うこの言葉、
ただ本土を指して言われているだけではないと思う。
今でも、内地から来た人に対して「ないちゃーが、、、」
と何かある毎に使われているからである。
沖縄の人は日本人、日本政府に対して、
嫌悪感を持ってる人もまだまだ多いのでは?
過大に言うと、かって日本が侵略した国々の人達が
日本に対して持っている感情と似ているのでは、と思う。
それだけ沖縄の人たちは日本に傷つけられ、
そして今も尚、傷つけられ続けているという事だろう。
今、本当の意味で何が出来るのか考えたい。
基地問題を沖縄だけの問題ではなく、日本全体の問題として
扱われるようになるにはどうしたらいいのか?
知って欲しい事が沖縄にはたくさんある。
悲しい事実があることを。
そして考えて欲しい。戦争とは何なのかを。
国とは何なのかを。
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たくさんの人に知って欲しい事がある。
日本の・・・・内地の人達は沖縄にある米軍基地について
どの程度知っているのだろう?
沖縄は1945年に米軍侵攻による沖縄占領から
1972年の本土復帰まで
この事をあなたは知っていますか?
米軍は旧日本軍の施設以外に、軍事力に物を言わせ、
そこに何もなかったのように山や木々の豊かな自然を壊し、
住民の土地を強制的に接収し基地を増やしていった。
「銃剣とブルドーザーによる土地接収」と言われるものだ。
その規模は日本にある米軍の専用施設の約75%。
沖縄県の約20%の土地が基地になった。
それは復帰した今もほとんど変わらない。
そう、沖縄ではまだ戦争が終わっていない。
沖縄は昔、「琉球王国」と呼ばれた一つの独立国だった。
江戸時代初期に鹿児島の薩摩藩に攻められ、服属。
明治時代に日本政府に琉球王国を強制廃止され、
沖縄県となった。
しかし、日本政府が起こした第2次世界大戦で
唯一、地上戦にさらされ、多くの県民が犠牲になった。
↑
沖縄戦の映像です。
かなり凄惨な箇所もあり、気分を害する可能性があるので
見る見ないは各自の責任でお願いします。
そして武力をちらつかされた日本政府は
沖縄をアメリカに売り渡した。
その沖縄は今また、癒しの島と呼ばれ、
戦争を知らないたくさんの観光客でごった返している。
↑
沖縄の米軍基地と環境破壊について書かれたサイトです。
読んでみて下さい。
③に続く
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